Little AngelPretty devil
   
         〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “金月秋麗”
 


くどいようだが、今の暦と平安時代の暦は1カ月ちょいとズレているので、
菊の節句でもある“重陽”は今の十月の初めごろとなるのだが。
それでも、年によっては残暑を引きずってかなかなか咲き揃ってはないこともあり。
神様頼みの気候が不安定だったりすると、
農家の皆様のみならず、宮廷の庭師の方々にも頭の痛いことだろて。
今年はまま何とか、粒よりの大厚物が幾つか咲いて間に合ったらしく、
菊見の宴もそれなりににぎわっての盛り上がったとか。

 「豊饒の舞いとやらもご披露したのだろ?」
 「まぁな。」

豊饒への感謝に関わる国事としての様々な奉納は、
来月の十一月に集中しているのだが。
それとは別の単なる余興、
巫女舞いの一種である豊饒を喜ぶ舞いとかいうのを、
興に乗った東宮がご披露すると言い出して。
祝いの席で皇子が舞うのは古来にも例もあること、
それは目出度いと公達らが沸いた中。
微妙に唐風の名残りも香る、
金銀の刺繍をふんだんにほどこした錦緞子の装束が、
秋の陽を受けてきらきらと麗しく。
玉を散らした佩を回したは、
袖のない大袖のような背子(からぎぬ)で、
その下へは濃色の小袖を重ねており。
袖口からは内着の絹のやわらかなひれが覗いてひらひら躍り、
それはそれは華やかないで立ち。
そのような衣裳がそりゃあよくお似合いの、
桜の宮とも呼ばれておわす、瑞々しくも華やかな美貌の君は、
その後ろに3人ほどの舞手を引き連れてもいて、
宴の席の中ほどにしつらえた毛氈を敷き詰めた舞台へ上がったは、
主役の殿下と、ちょっとばかりお小さい顔触れの全部で四名。

 「武者小路家の陸とかいうおチビさんと瀬那坊は判るが、
  くうまでよくも上がれたものだな。」
 「つか、そんな企みがあったなぞとは、俺だとて知らなんださね。」

企みとは人聞きが悪いが、
自分が知らないことがあったのは、
そしてそれで意表を衝かれたのは少々面白くなかったものか。
秋の陽の照らし出す紅色の毛氈の上にて、
祝いの舞いとやらが始まるまでのちょっとした間合いだけは、
神祗官補佐様には少々憤然とした顔付きになっておいでだったらしいけれど。
おごそかに雅楽が奏でられ始め、
愛らしい演舞が始まると、

 『…ほお。』
 『これはまた…。』

周囲の公達らにしても、あれは一体どこの和子だろかとざわついていたものの。
寸の微妙にまだまだ足らぬ手足が、それでも何とか型を作らんと、
宙へ伸べられたり胸元へと引き寄せられたりする、
何とも言えぬ覚束なさが愛くるしくて。
緊張もあってだろ、生真面目にこわばらせたお顔も微笑ましく、

 『ああ、そうだ。思い出した。』
 『そうそう、神祗官様のところの…。』

陸もセナも、その見目の愛らしさからのこと、
こういう演目に引っ張り出されるのは今に始まったことじゃあないため、
かしこまった装束じゃあないことからの見分けに時間が掛かった分、
『おお、このような恰好をなさるとは。』
『随分と大人びて来たものだの。』
『ほんに。』
素直に眼福と喜ぶ声の陰にては、
『小早川の家も安泰だの。』
セナが仕える神祗官補佐様へは、微妙に意趣を抱えてござるクチの方々が、
せいぜいの厭味か、そのような言いようをなさってもいたらしかったが、
どちらの権勢の方々も同じように小首を傾げて見せたのが、

  『して、あの和子は一体?』

二人のお兄ちゃまの間でよいちょよいちょと舞う幼子。
時には振り付けが絡まった末か、
キョロキョロしている一段と小さな和子が、
さて、どこの誰だか判らない。
甘い髪色は、毛色が変わっているという共通項で見れば、
金の髪した神祗官補佐様の縁故ではないかとも思われたものの、

 『…それにしては。』
 『ああ。』

妖冶な姿から所作から、言動から、
いかにも鋭角で隙もなく、妖異扱いまでされている誰か様とは大きに異なり、
こちらの坊やはそりゃあふくふくと愛らしく。
潤みの強い大きな瞳は表情豊かだし、
触れればさらさら ほどけてってしまわぬかと思わせるほど柔らかそうな頬や、
小さなお鼻に、舞いに遅れてはあわあわと開くのが可愛らしい小ぶりのお口。
えくぼの浮いた丸々した手は、
それでも一所懸命に開いたり閉じたりをしていて、
練習したこと、示そうと躍起。
とはいえ、くるりと片足だけで立っての身を背後へ反転させるとこでは、

 『あやや…。』

重心が危ういそのままこてんと転びそうになって、
ああっと思わずの声を上げさせるほど、見物をひやっとさせたのだけれど。

 『おっと…。』

そこは、一際優美に舞っておいでだった東宮殿下が、
舞いには支障がなさそうな、優雅な所作にて腕を伸ばして支えておあげ。
そのままひょいと、懐ろへ抱えてやって、残りの何合かを舞い納めると、
それぞれの席から匂欄の手摺りへ身を乗り出さんばかりになっていた顔触れが、
やんややんやと手を打って、喝采を送る大盛況。
そんな称賛に気をよくしたか、
いい匂いのする東宮様の懐ろに抱っこされてた誰かさん。

 『…えいっvv』

お空へお手々を振ったら…あら不思議。
どこからともなく、丸々と肥えた稲穂の先がはらはらと降って来て。
結実見事な稲穂の演出、ちょっとした紙吹雪のようで見た目にも綺麗だったものの、

 『…おい、ちょっと待て。』
 『これって、金じゃあないか?』
 『え?』

雪やこんこんというほど落ちて来た訳でもなかったが、
それでも…舞い手たちが内宮の御殿へすっかり引くまでの間、
はらはらと降ったその稲穂。
よくよく実っての色づきのせいじゃあなく、
本当に黄金で作られた代物だったそうで。

 「それもまた、お前の妖術じゃあないかって言われてんだと?」
 「さてな。表向きには瑞兆だという方向で落ち着いとったようだが。」

何たって本物のおキツネ様の祝福だしなと、
どっちにしたって俺がやったことじゃねぇのによと、
濡れ縁に腰掛けての月を仰ぎつつ、
時折くつくつ微笑っては 小声で語らい合う主従であり。
そんな催しに参加して、ただならぬ緊張が去ったその後は、
よく出来たねぇと褒められの、
いい子いい子と撫でまわされての興奮が弾けた反動か。
セナも天狐のくうも、早々と寝ついての母屋は静か。
月見や豊饒の宴や儀式が他でも多いものなのか、
天の宮からは しばらくくうを預かって欲しいと言われてもいるので、
お迎えに騒がされることもなくの、至って静かな夜長を堪能出来ていて。
煌々と輝く月を見上げる二人の傍、虫の声しかお供はいない。

 「…なあ。」
 「んん?」
 「寒くはねぇのか?」

式典や何やと来れば、あれこれ重ねてまとわにゃならない礼服正装が、
さして鬱陶しくなくなってきたほどの秋めきは、
ほんのこの数日だけでもかなりの加速で進んでいて。
陽が落ちると、蒸し暑いどころか結構な肌寒さを招いているくらい。
庭先からこちらへと、宵闇の暗さは迫ってもいて。
袷(あわせ)と揃いの袴の、片膝立てたその先の足元、
素足の白さの輪郭が、既にぼんやりと沈みかかっているほど。
寝酒の膳を挟んだ向こう、
夜陰の中へと浮かび上がるは、
月から降り落ちる青光に縁取られている術師殿の肩の細さであり。
それがいつになく気になるものか、低めの声をかけたところが、

 「どうだろな。」

くすすと微笑ってほころんだ口元と裏腹、
玻璃玉みたいに透いた双眸が、
月の光を吸っての、青く潤んで見えもして。
酔っていて感覚が鈍っていての“どうだろな”なのか、
それとも…?

 「…。」

そろり伸ばした手からも逃げぬ頬は、
柔らかさはそのままながら、陶器のように冷えており。

  ―― 温めてもいいか?
      ……ん。

夜陰に染まって青ざめて、月蛾のとりことなる前に、
この懐ろへ匿われておくれとばかり。
瓶子や盃、鉢の載った脚つきの膳を脇へとよければ、
月光を集めてできたよな、白い姿が向こうから、
こちらへ するりとにじり寄る。
擦り寄って来ての首元へと伏せられた頬の冷たさは、
こちらの肌の熱との落差から、氷のようにも感じられ。
やっぱ冷えてるなと囁けば、おうさと応じる尊大さが、
いつものことな筈だのに、
妙に稚
(いとけな)く聞こえた秋の宵……。





  〜Fine〜  08.10.05.


  *勢いづいての、Rー17に続きます。
   いやぁ、秋ですんで…。
(おいおい)

秋の夜長に覗いてみます? → ***


めーるふぉーむvv
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